ソウルメイト

今日の仕事帰り,2年以上会っていなかったNちゃんに会った.Nちゃんとはいろいろなエピソードがあるのだけど,どのエピソードもけっこう鮮明に憶えている.
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そういえばむかしこんなことがあった.小田急線に玉川学園前という駅がある.その駅の存在は知っていたけれど特別用事もなければ,友人のひとりも住んでいなかったので僕は気にも留めたことはなかった.その駅があってもなくても僕には何も影響はなかった.
「玉川学園前に行こうよ」
そう言われた.ある夜中,Nちゃんから突然の電話で起こされた.「別にいいけど・・」当時も今も僕は断る理由がなければ断ることは殆どしない(そしてそんなスタイルは改めようとしない限り改まるわけもない).
「玉川学園前には何があるの?」と情けない質問を気付けば僕はしていた.
しかし彼女の答えは僕の質問よりも遥かに脱力させてしまうものだった.
「わからない.だから行くんでしょう?・・玉川学園前っていうぐらいだから玉川学園はあるかもね」
当日,玉川学園前駅にふたりで降りた.
「何があるの?」「知らない」
「何で来たの?」「特に理由はないよ.来たかったから」
逆に彼女が質問してきた.
「なんで私に付き合ってくれたわけ?」「暇だったし別に断る理由もなかったから」
「お互い様だね.じゃあ行きましょう」「どこへ?」
「どっか」
目的もなくただ歩いた.少し歩くと学校が見えてきた.
「今日は授業がないみたいだね」「なんで?」
「なんでじゃないでしょ?」「だってつまんないじゃん.潜り込めたかもよ」
「じゃあ何で僕らが今ここに居れるわけ?」「日曜日だから」
「そういうこと」「エー」
足が痛くなってきた.駅の周辺は丘ばかりでアップダウンが思いのほかきつかった.でも彼女は元気だった.誘っておいて「疲れた」と言われてもそれは困るのだけど.いろんな話をした.飼っている犬のこと,マルチ商法のこと,インドネシアのこと.他に大切な話をした気もするけれど,意味もなく知らない土地を歩き回っている大学生にそれほど大切な話があるわけもない.たぶん僕の思い過ごしだろう.
2時間ほど歩いて戻ってきた.駅の近くのミスタードーナッツに入った.僕はお腹がすいていたけれど,疲れてとても食べられる状態じゃなかった.頼んだものを全部食べられなかった.そういうことは珍しかった.彼女は「もったいない」と言って僕が食べ切れなかったドーナツも美味しそうに食べあげた.
「かずのすけくんってユニークだよね」
いや,たぶん僕よりも君のほうがユニークだと思う.その考えは数年経って,彼女と殆ど会わなくなった今になっても変わってない.変わってなかったと今日また確信したよ.

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やっぱり彼女はかわいかった.もう本当に今思い出してみても,僕が汚い部屋で悶絶して前回り受け身をして壁に足をぶつけて腫れ上がるぐらいにかわいかった.でも別に恋愛感情なんてないんだよね.僕には今好きな人がいるし,彼女にだってきっといる.こんなことって想像できる? でも実際にあるんだからしょうがない.
これは僕の傲慢さで思っているわけではない.Nちゃんは僕のことが好きだ.恋愛感情という意味ではなく.好きというかお互いに尊敬していて,必要で,ピンチになったらいつでもどこにいても駆けつけるだろう関係.でもメールもしない.電話もしない.たまに旅先から絵葉書が来るだけ.変かね? 変だよね.だけど親友とか男女の友情とかそういう言葉でも陳腐すぎる.ソウルメイトだよ.あーバカみたいだ.この歳になってそんなこと言ってるの.でも言いたい.これでも言い足りないから.
僕は「Nちゃんに彼氏ができたら今日みたいにふたりっきりでは会いにくくなるよね.残念だなぁ」って,ずっと昔の風がものすごく強い日に言った.彼女は「そんなの嫌だ」って言ったけれど「だって彼氏が自分じゃない誰か他の女の人とふたりっきりで会っていたら嫌でしょう? そりゃやっぱり会えなくなるって」とそのあと僕は至極当然な理由を述べたつもり.そうしたら「私はいいの.私は自分勝手でわがままだから」って言い放った.言葉がかぶるぐらいの早さで.即答だった.それでもやっぱり会わなくなった.連絡も取らないってのは変かもしれないけど別にそれが自然だった.
3年近く会ってなかったけど,今日は他の友人もいたし彼女とだけ特別に話したわけでもない.だけどそんなのは関係なかったよ.もう顔を合わせただけでも,ひとことふたこと交わしただけでも充分だったかもしれない.なぜなら僕とNちゃんはソウルメイトの関係だから.それはきっと一生変わらないよ.